日本最古、有馬温泉のご紹介!

西の大関、有馬温泉

関西の出身、あるいは関西に住んだことのある方ならば

「有馬温泉」という場所は

聞いたことがある!

という方がほとんどでしょう。

もしくは

行ったことある!

という方も多くいらっしゃるかと思います。

有馬温泉は単なる観光地や避暑地であるだけでなく、歴史が非常に古く江戸時代の温泉番付では

「西の大関」(※)

にも選ばれています!

(※)本当に?と思った方は下記をクリックして証拠をご覧ください。

→江戸時代の温泉番付(観光経済新聞社のサイトへ行きます。)

行基上人と豊臣秀吉

有馬温泉はただ歴史が古く、昔からあるというだけではありません。

有馬温泉の歴史を語るうえでキーマンとなる人が2人。

行基と豊臣秀吉です。

まず行基

この方は学校の教科書にも登場する有名な僧ですが、この行基が奈良時代に医療効果を認め、温泉寺を建立したことが有馬温泉の始まりです。

行基が温泉寺を建立してからは人手が絶えることなく反映していたそうですが、享禄元(1528)年や天正4(1576)年の大火で有馬温泉は壊滅的なダメージを受けてしまうのです。

豊臣秀吉来訪

その直後である天正11(1583)年に豊臣秀吉が有馬を訪れ、心身を天下に名高い有馬の名湯で癒したそうです。

さらに慶長2(1597)年には秀吉による大規模な改修工事が始まります。

前年に起こった慶長伏見地震で有馬温泉の建物に被害が出たうえ、温泉の温度が急上昇して熱湯になってしまったことが大規模な改修工事を行うきっかけとなったそうです。

秀吉の大規模改修から350年以上たっていますが

いままで一度も有馬温泉の泉源の改修はしていない

そうです。

今日の有馬温泉が健在なのも、豊臣秀吉の有馬温泉再建のおかげというわけです。

有馬温泉の散策で2人の像を見てみよう!

ご紹介した有馬温泉繁栄のキーマン2人ですが、温泉街に2人の像が立っています。

お風呂上がりの散策がてら、見てみるのもいいですよ!

豊臣秀吉の像は温泉街の入り口、神戸電鉄「有馬温泉」駅から歩いてすぐです。

行基の像は「金の湯」から御所泉源を通って温泉寺へ坂を上ってすぐ、極楽寺や「銀の湯」のすぐ近くです!

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